【間粋】 造語

【間粋】 かんいき 

粋な空間

粋な間柄

[粋]という言葉については

いき
【粋】
《名・ダナ》さっぱりした気立てで、あかぬけがし、色気(いろけ)もただよう(特に、花柳界の遊びに通じている)こと。そういう感じのする身のこなし・様子。「帽子を―に被(かぶ)る」。人情の機微に通じ、さばけているさま。 「落度(おちど)を―な計らいで取り繕ってやる」

例えば、映画館のポップコーン
無意識に手が伸びる。
どうしても食べたい訳でもなく、無くても気にはならない。
しかし、あれば食べてしまうし、売っていたら買ってしまう。

自然な感じ

どうしても食べたいと思う煎餅ではなく、あれば自然と手がのび、食べれる空間。
そんな空間を創れればと思っています。

そして、この[間粋]という言葉を、人と煎餅を繋げる事とともに、周知してもらえる事を考えています。

完全なる私の造語である。

粋(いき)とは何か?ー粋の意味、本質を考えてみるー

粋ってなんだろう。「ああ、あの人は粋だなあ」なんて言い方をすることはよくある。けれども、「じゃあ粋ってなんだろう」と自分に問いかけてみたところでなかなか答えは出てこない。 「粋とはなにか」なんて堅苦しく考えること自体がちっとも"粋"じゃないのはわかっていても、やはり考えてしまう。 そんなあなたと一緒に、今回アクセトリー編集部は"粋"について思索をめぐらせてみたい。 粋(いき)ってなんだ? 粋(いき)、という言葉を聞いたときあなたはどんなイメージをもつだろうか。蕎麦屋の作法だろうか。落ち着いて垢抜けた服装だろうか。あるいは京都の街並みだろうか。 江戸時代の遺物で、現代に通用するものではないと考えている人もいるかもしれない。それとは逆に"粋"であるということに対して憧れを抱いている人もいるかもしれない。 粋(いき)というアティテュード 粋(いき)はある種のアティテュードだ。ある種の美意識、ある種の生き様だ。粋とよばれるような行動、ふるまいの奥にはそれを裏打ちする文化的な思想がある。 だから、蕎麦の食べ方とか服装だとか、そうした目に見える部分のみをもって"粋"をかたるなんてことは、むしろ野暮の極みということになる。 "粋でおしゃれな男になる七つの方法"みたいな記事をあなたが読んだことがあるなら、その内容は即刻忘れ去ったほうがいい。それは外側だけ真似した張りぼての粋でしかないのだから。 "粋"はアティテュードだ、それも完全に日本独自のアティテュードだ。似たような概念はなるほど外国にもあるだろう。たとえばフランス語の"エスプリ"なんて言葉は同じような内容を意味しているようにも思える。しかしながら粋という言葉は、それが日本の歴史、文化に深く根ざしているがゆえに、日本以外には持ちえないものとなっているのである。 そしてまた"粋"は、それが日本の歴史、文化に深く根ざしているがゆえに、現代においても依然として価値をもっている。 なるほど確かに明治以降の急速な西洋化によって失われてしまったものは数多くあるに違いない。江戸時代に粋だとされていた服装やらふるまいやらは、今やほとんど通用しないだろう。

ACCETORY

Tokyo-Senbei

「 【煎餅】をもっと身近に、【SENBEI】を世界に 」  をコンセプトに、日本の煎餅の魅力を伝えていきたいと思います。 [理念] 日本の伝統の【煎餅】をもっと知ってもらい、もっと身近に感じて食べてもらいたい。 そして世界に発信し、【SENBEI】を世界の共通語にしたい。

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